HGウェルズの小説に「世界はこうなる」という作品があります
架空のテクノロジー、架空の社会制度からなる架空の歴史を綴ったSF作品
おそらくこの作品はエンタメとしては良い小説ではないと思います
しかし、それはそれとして、物語を作る人たちは誰しも「世界はこうなる」をやりたいと思う病を潜在的に持っていて、或いは辿り着きたいと考えるようになることに確信があります。というのはそれがとても楽しいからです
ありとあらゆる方面から知識を集積し、想像を膨らませ、夢の世界を広げていく、おそらく最も楽しい時間です
成功して自由にやることを許される立場を得た作家も、生活保護を受けている無敵のニート作家も、このような物語を作っているときには何もかも失ってもいい・失ってもいいので書きたい、と思うところまで行きうるのだと思います
最初の持ち込み作品が「世界はこうなる」だった人は結構な数居ると思います
でも、そうやって作った作品は大抵の場合、反応はよくないのですが
出版編集者なら、作家が「世界はこうなる」病に向かわないよう全力で止めにかかるでしょう
実のところ、FANBOX以降、そういったベクトルに挑戦していたところはあります、意図してかせずにか
サブスク支援の最も良いところは、評価がより精細に実感できることです
売上やPV数はいろんな(大抵は外部の)要因に関係していますからその数字が良くなった・悪くなったで作品の反省するには活かしづらいです
それと比べれば、支援者数、特に減少の数字は論理的にも活動の状態の悪さをはっきり示してくれている
売上やファンの離脱を警戒して「世界はこうなる」病から距離を置くとしても、どの程度距離を置くべきかの具体的な閾値は見出しづらい。周りがそうしてるから・雰囲気でそうしてる、に過ぎず、本当はどれくらいならいいのか?は知りたいところです
何故かと言うと、完全にこの病を断ち切ってしまったら、物語を作るというモチベは消えてしまうように思うからです
或いは、お金や承認欲求がモチベの人なら関係ないでしょうか?
そのような世界から距離を置き、突っ走れるような人たち、
…うーん、おそらくいるんでしょうが、そういった人たちの気持ちは正直ぼくにはわかりません
僕自身、金回りが良かった頃に旅行やおいしい外食をしたりもしましたが、物語づくりをしているより楽しいと思ったことは結局無かったのです。
だとしたら、この病と向き合わなければならない
さて、ここ数年の間のFANBOX起点での活動を通じて、(この記事でいうところの)閾値をなんとなく肌で知ることが出来たと思っています。なので、当面はそのあたりのバランスを取りながら、エンタメを模索したいと思っています