ソーシャルアナリティクスに関する考察

さて、このblogで日々の思索を書くとしても、何を書こうかと考えていました
ひとまず、ここ数年で感じていたアナリティクスについて自分の考えを

ソーシャルアナリティクスの指標は一体何を表しているのか?
SNSや実況配信、動画のfav数/フォロワー数/RT数のことです
とりわけ漫画を描くような人たちにとって気が気でない人も少なくないように見えます
しかしそこまでのものなのか

長い間みてきて、強く現れるものが2つあることに気づきました
一つが「神格化」、もう一つは「コンフォートゾーン」です

前者は、何かを「神がかったもの」とみなし、「神輿」として担いで「お祭」にしようとする傾向です
アイドルやスポーツ選手は典型的な例でしょう
後者は、「落ち着き」に向かわせるもの、いわば鎮静剤のようなものです
猫や焚き火動画、居酒屋のような実況配信、会社や学校でイライラしたときに落ち着かせてくれる言葉

他の多くの位相も含まれるでしょうがこの2つがとりわけ「強く」、例えば「自分の漫画が面白かったかどうかをフォロワー数やfav数の増減で判断」したくてもその要素を抽出して知ることはほとんどかき消されて困難だということです

他の位相を取り出す機能をプラットフォーム事業者に期待できるでしょうか?
基本的に今のwebのこういったプラットフォームは「広告収入モデル」に依拠しており、アナリティクスをより実用的にする必要に迫られてはいないので、無いだろうと思います

結果、ユーザは自分を「神格化」させるにはどうしたよいかとなるか、コンフォートゾーンを提供するためにキャバ嬢のようになったりペットを活用したりすることになる

神格化には一つ問題があります、多くの人が神として崇められる存在にはならないのでこの競争は格差が極端になるということです。崇められてる人が良いことをする(良い作品をつくる)とは限りません

コンフォートゾーンづくりも、行き過ぎればエコーチャンバーへと向かいます
SNSと動画と実況配信を総動員して「自分はこれでいいんだ」と思い込む環境を作ろうとする状態が健全だとは思えない

問題は解消しないので、自身を神格化させることもコンフォートゾーンの提供者になることも関心がない人は、全く無視してやるか、ほそぼそとやるか、プラットフォームを去っていく
自分もSNSでは力を入れず、FANBOX支援の増減や個人依頼を参考にする指標としています
そちらのほうが現実的な指標だからです