価値観の問題は実のところ一番の重要課題なのではないか、と思うのですがなかなか足を絡ませられていることが多いように感じます
具体的に、漫画で言えば。例えば絵作りに革新をもたらそうと熱意を持って取り組んでも、「いつもどおりで良いよ」を軽く扱われてしまったりするような経験は多いのではないか、と思います
ふと、M.サンデル先生、「自由主義と正義の限界」読んでいて気づいたことがあります
サンデル先生は保守主義側の人だと認識していますが、自由主義者に対してかなり精密に場合分けし観察しています
あれ、自分が知ってる「保守主義」な人とだいぶ違うな…、と
自分が知っている保守主義の人は、変化や革新を嫌い、他人の思考・価値観・思想に無関心でしれっとしていたり一方的に決めつけてくるイメージです
ああ、そうか、考えてみれば自分なんかでもゲームに関しては古くて伝統的なものを好み、革新や変化に強い関心をあんまり持ってません。無関心なものに対しては誰でも「保守主義」なのです
自分が漫画を作る際にも同じことが言えます。
世界観づくりに関しては知識・教養面をできるだけおさえようとします。細かいところまで場合分けして考え、分解・再構築して考えようとします。それらに対してアップデートをしたいからであり、そうしないとアップデートできないからです。一方で仕上げや線画作りの技術に関してはほとんど更新を加えていません。僕は、前者にとっては自由主義であり、後者にとっては保守主義なのです
これはつまり、一人の人間も、ある領域分野にたいしては自由主義で革新的なのに対し、別の分野では保守主義ということです
難しいのは、複数の人間…、例えば二人であったり、或いはもっと大きな人数でのプロジェクトの場合。
「何に対して自由主義」的なアプローチを認め、「何に対しては保守主義」的なアプローチをするかは皆で上手く調整する必要があるということです。
そうでないと、革新をもたらそうと考えている人(そこだけは譲れないと考えている人)と保守的な人(そこだけは変えたくない人)で争いが起きてしまいます
経験上そういったケースで、対話や論争だけでつつが無く収まることは無いように思います
特に時間が限られている場合は、早期の解決よりもチームの崩壊が先に訪れていました
このすり合わせはダイヤル式のロックのようなイメージです
「革新」はどれか0から9までの数字のうちのどれか一つの数字だけ、揃えないと鍵は開かない。
もし、二人ならそれは二桁なので、比較的難しくない
しかし、数十人となれば数十桁のダイヤル合わせ、鍵が開く日は気が遠くなるほど遠く、
さらに疎通が悪い相手ならもう匙を投げたくなります
誰でもウェルカムな漫画志望者のコミュニティ、連載が決まったのでとりあえず頭数だけ多くなるよう揃えるようにアシスタントを雇ったりする漫画家の職場、価値観もまるで合わないのにとりあえず沢山作家をぶら下げておこうとする編集者…、自分からすればどれも桁数の多いダイヤル式ロックです。
(と言ってもこういった場合の実際は、争いを避けるようにとひたすら無難に保守的に、しれっとした人間関係が構築されていくのが相場ではあるようです)
もし、新しいことをやりたい、というならば、最初はできるだけ近しい価値観を持ち、革新しようとしている目的についても意見の合う人で組む必要はあるように思います。
そして、あまりむやみに関係する人の数を増やそうとしないこと
漫画なら漫画家と読者、あるいはクライアントで2,3人がまずミニマムでしょうか
でもなにより、価値観の話ができる必要があることは間違いありません