川口への引っ越し

それから、結構貯金が溜まっていた事もあり、不動産を購入することを検討し始めていました

アシスタントを呼ぶに十分なスペースのある部屋が望ましく、地代家賃を抑えたいと思っていたからです

郊外や都心部など色々と検討していく過程であまり遠すぎる場所は検討の対象から外しました

自分にとっては良くても、仕事場に来る人には負荷だろうと思ったからです

それで結局川口の安い物件を見つけて購入することにしました

自分の立場だとローンを組むのは難しいだろうと思ってたことや、組めたとしても損だと思っていたからです

川口はマンションの非常に多い地域で物件そのものは結構良いのにお手頃なものがたくさんありました

30平米の必要十分な物件を見つけて購入しました

設備的には問題のなかった物件でしたが、大きな落とし穴があったのでした

続・秘密の一週間

その後、秘密の一週間のシリーズは繰り返し再販していました

ほとんどの売り上げは虎の穴に依存していました

表面的には東方ジャンルのサークルとして活動してるような体裁でしたが、売り上げは大半がこちらでした

年間での売り上げが1000万を超えたあたりで税務処理に不安を覚えたため、税理士と契約するようになりました

この期間、アシスタントは全くと言って良いほど使っていませんでした

お金が余っているような状態だったのでいくらか声をかけていましたが、持続的に仕事を任せられそうな人は見つかりませんでした

良い風に言えばマイペースに、好きに創作してお金もあるけれど悪く言えば孤独でもありました。この期間、漫画作りに関して、締め切り以外に苦しんだことはありませんでした

あるコミケで壁配置だった時に隣に有名な方がいたのですが、グッズやポスター、売り子などで装飾されない僕のブースをみて、「かわいそう」と言っていました。要するに、僕みたいなサークルが壁に配置されると、「いじめみたいで」可哀想ってことのようでした。行列対策を理由に机を離し、距離を置かれましたが、意図は丸わかりでした。自分の隣に相応しくないのが来たので距離を置きたかったのでしょう。

元々、即売会で売れっ子になることには興味がなかったので不思議なほどいやな気分にはなりませんでした。改善する気もありませんでした。「まぁ、壁の人らなんてこんなもんだろうな」、とは思っていしたし。でも一方では、早めにこんな場所は切り上げにしたいと思い始めた瞬間だったように思います。

 

秘密の一週間

同人誌に活動を絞っていくうちに東方以外の作品も作るようにしたいと考えていました

商業誌で描いていた「憧れの女」のスピンオフとして秘密の一週間をやることを決めました

大学生ヒロインのさおりが詐欺師の男にたぶらかされてしまうお話が「憧れの女」の中であり、一週間、その男と過ごしたというストーリーです。商業誌の方でこの作品は結構アンケートが良かったこともあり、1回スピンオフをやるのはOKという話は元々ありましたが、結局商業ベースでは書きませんでした。

何となく、そこに「可能性」みたいなものは感じていました。

一回で商業短編として描いて終わらせるのは惜しいという気持ちが。

委託書店が二次創作依存の状況を脱したくてオリジナル作品に力を入れたいという事情はわかっていましたし、寝取られ作品が当時はそこまで大きなジャンルになっていなかったけれども、需要が明らかにあるということも。そして、その感触が、明らかに当時の編集者たちと共有できそうにないと感じていたことも。

それでも同人誌としてぽこっと出したところで、島中の目立たない場所で売って、そしてスーッと消えていく流れは予想ができていました。

「憧れの女 秘密の一週間」の最初の巻は夏コミで東方の同人誌と一緒に出しました。新刊2冊でした。秘密の一週間の方は記憶が曖昧ですが1000部刷って書店とイベントで半々にしたと思います。

イベントの方は普通の売り上げだったのですが、書店の分は速攻で売り切れました。気合い入れてハイクオリティにするのは避けていました。単行本の発行から考えるとだいぶ日が経っていましたし、作品を覚えてくれている人が買ってくれるとは思わなかったからです。

流石に少なすぎたか、と思っていました。特に書店でも目立った位置に置かれていたわけでもなさそうでしたが、ひとまず悪くない反応だと感じ、次のコミケで#2を作りました。#2も即売会で飛ぶように売れたという感じではなかったのですが、書店分はすぐに売り切れました。そこでひとまず#1も再販するようにしました。

その時はっきりと感じたのは書店で買う人と即売会で買うような人は、全然違うということでした。ある大手サークルの人に、「うちは書店とイベントの比率は10:1くらいだ」と言ったら、「そんなことありえない、うちは1:1くらいだ」と言われました。秘密の一週間に至っては30:1くらいの開きがありましたが、もはや話す気も起きませんでした。彼の「ありえない」という言葉に違和感しかなかったのですが、聞いてもらえそうもないのはわかったし、何より傲慢な雰囲気にうんざりしてしまいました。存外、目立って売れている立場の人の知見なんてそんなもんだなと思うようになりましたし、何より小さいところから始めるなら、そう言った人の意見はあてにしない方が良いということを知りました。

秘密の一週間は、1冊あたり7000を超えていましたが、無理にイベントで売ることには拘らず、ひっそりとやり続けることにしました

 

憧れ6とDL版について

憧れの女学祭編#6は夏のコミケ日程に合わせて販売開始です

DL販売むけ #4-6 を現在制作中で、こちらは少しおくれて販売開始します

 

サイトを引っ越しました

wordpress でのサイトを新しいスタイルに変更しました

サーバも移動しています

利用期間が残っているので後1年弱くらいは使いますが、将来的には paranoiacat.com ドメインは廃止になります

実際は裏方部分の更新が主で、オモテの部分はあんま変わらないかな

サイト上で公開していたコミックもうまく統合させたいとこですが、ちょっと手間なので時間が空いたときにでも

同人作家活動

この呼称は実のところあまり好きではないのですが、同人に活動を絞ったときのお話です
当時、秘神島が不発に終わり、この単行本は出ない話になったため、活動を同人に絞ることにしました
正直なところ、それで食っていけるわけないな、と思っていました
その頃の同人界隈は、委託書店がだいぶ力をつけてきていたとはいえ、商業で人気の人でなければ同人もあまり売れないというイメージでした
冬場に体調も悪くなる原因もつかめてなかったため、そのころはマイペースにやれる同人しか自分には道はないと思っていました
東方の二次創作はそこそこ、食っていけるくらいには売れていましたがそれ一本に絞るのはとても怖いことでした
同人ジャンルは2,3年かでしぼむ、というのが定説で、東方もそのようになるのではないか、という不安もありました

それでも何か、可能性みたいなものは感じていたのかもしれません
東方オンリーにでるペースをあげたのですが、それに呼応するように売上が伸びていきました
だれかが僕の状況を見ていて、哀れんで救いの手をさしのべてくれたのかと思いました
あのときはほとんど毎月、なにかの東方の二次創作を作っていたように思います
差し伸べてくれた手に応えるように、二次創作を作り続けていました

そのうちだんだん、別にエロじゃなくてもいいんだな、という雰囲気を感じ始めて、エロの薄いものや一般向けのものも作るようになりました
魔理沙のTS話や博霊・紅魔ラリーはもっとも思い入れの強く、また評判もよかった思い出の作品です

秘神島の連載

離島を舞台にした話で、制作中いろいろとブレてしまって良い出来にはならず
受けがよかったわけではなかったけども、この作品は自分にとってかけがえない経験をする作品になりました

前の憧れと違い、反応はよく無さそうだ、と描いている途中悶々としていました
多分、この漫画がうまく行かなかったら商業漫画は辞めてしまったほうが良いのかも、とも描いている途中で考えていました
正直、どんよりとしていました

ふいに、3話目くらいを描いた頃に、イメージしていた離島を旅したくて三重へ旅行へいってきました
そこは日に数回の定期船のみを交通手段に持つ、小さな島でした
過去には観光で人を集めようとしてたけどもそれらの名残を残すだけで寂れていて
来るのは釣り客ばかりといったところでした
島は一周4kmくらいか、すぐに歩き終わってしまいそうなので、途中で座ってあちこちスケッチをしたりしていました
取り立てて珍しい自然があるわけではなかったのですが、見渡すと右も左も海という風景は、小さな島がまるで
船のようで、自分が生きてきた違った世界観を感じさせてくれました
町は島の斜面上に建てた家が並んでいてどの家も鍵をかける習慣もなく開けっ放しになっていました
泥棒の心配なんてないのだろう
まるで、島全体が一つの家族のようにしているようでした

この素朴な場所で、もう1日くらいここで過ごしたいと思い、素泊まりの宿を当たってみましたが、空きがなく
残念な気持ちになって帰りの定期船の便がくるまで砂浜で待つことにしました

砂浜にでると日の光でキラキラ光っている、きれいな海の風景が見えました
その姿は写真にも収めても感動を伝えられないほど、綺麗な風景で、言葉にも、絵にもできない自分がいました
「こんな芸術があるだろうか?」
旅行者らしき人は他に二人ほどが砂浜に歩いているだけ

こんな素晴らしい場所があるのにもかからず、さほど面白くもない、作り手側の利害や都合という手垢の付いた観光地やテレビ番組や漫画をみて皆は過ごすのだろうか
あるいは自分は過ごさせようとしていたのか
あんなのにお金と時間を使わせるくらいなら、みんなここを見に来ればいいのに

ああ、そうだ、娯楽なんて、その程度なのだ
もし今の世の中から、人の手で作られた娯楽というものが全て姿を消してしまったら
海を眺めたり雲を数えたりして過ごすだけだ
そして、実のところそのほうが、ほとんどの人間にとっては幸せなのではないか
僕らは間に割り込んで、無理やり余計なものを見させてるに過ぎない

その瞬間に、全てが楽になりました
自分で、自分にかけていた重責みたいなものが吹き飛んでいきました

作品作りは、その後は結構ノッて描いていたつもりですが、初手で伸び悩んだ分は解消はされませんでした
しかし、以降、自分が作品作りのために、自傷するように自分から心を締め付けることもなくなりましたし
用もなく雑巾絞りみたいなことをしてくる輩と関係を断つことにもためらいがなくなりました
自分は、作品作りに、自由を得たのでした

憧れの女の商業連載と単行本

連載時の反応は良かったようで編集さんもそのことを伝えてきたりしていました

当時はわからなかったのですが、編集者というのは調子が良ければあれこれ喋ってきますが
そうでなければ、何も言ってこないか、仲が悪くなるもののようです
自分は良いときでも悪いときでも、改善はあるべきだしそれがよいパートナーシップなのでは、と考えていました
リテイクは作品をよくするのに必然、とか、直したのだから良くなるのは当然、とか
そのためには正しい知見が必要、とか
最初に読者の目となって言葉を発してくれるのは編集者しかいないのだから、とか

これが大きな誤認と気づくのはずっと先のことなのですが、当時はそのことでナーバスになっていたと実感はあります
アレコレ注文つけてもつけなくても、実のところあまり変わらないのですね
出版社はある種の投資家みたいなもので、お金を出すかどうか決めるだけ、そのための説得力のあるものを用意して
説得したらあとは作品をつくるだけだ、と
アレコレ言葉をやりあう部分の殆どは、改善というよりは政治的な意味合いのほうが大きい
言葉のやり取り次第で、上下関係やそのひとの出世に影響しうる
でも当時の自分はそのことを意識しておらず、憧れの女の単行本を出す際に生じたリテイクの結果
表紙はむしろ悪いものになり、(アンケートは結構良かったのにもかかわらず)売上が出なかったのでした

残念な結果に終わった、と感じていましたが
直感とか即売会で声をかけてくれていた読者の言葉から感じていた肌感覚で、これはこのまま終わらせては
いけないのではないか、とも思っていました

近況

12月から忙しくしていました
憧れの続きは、書き続けていて、つぎのやつは60Pくらいになりそうです
だいたいほとんど作業は終わっています

blogに書き続けていた自伝みたいなものの続きも再開します
憧れの商業連載のときの話の、続きから

エンジニアの仕事を再開した感触は、悪くはないです
いや、普通に良い方なんだと思います
向いているか向いてないかで言えば向いてる方なんだろうし
売り手市場の今のIT業界は漫画とくらべて実入りの良いことは否定できません
まぁ、お金儲けがしたいだけってならもともと漫画なんて選択肢にならないと思うけど

今の同人原稿が片付いたら商業仕事を探しに行こうとも考えています
面白いこともやれたらと思いますしね