憧れの女 学祭編#9-10 のDL販売を開始しました

憧れの女 学祭編#9-10 のDL販売を開始しました
今回からDL販売版は”表紙のない”形態になります

https://www.dmm.co.jp/dc/doujin/-/detail/=/cid=d_192298/

https://www.dlsite.com/maniax/work/=/product_id/RJ310003.html

  1. FANBOXにて先行公開
  2. DL販売
  3. 同人誌発行

の順で公開していくことになります

FANBOXの先行公開のテーマは支援(資金調達)をしての作品の制作です
FANBOXでの公開は作品の先行公開と過去作品のアーカイブとしての役割もあります

一方のDL販売のテーマは、できるだけ手間なく・支援といったような後腐れなく・安く読める、を提供することです

大量生産・大衆消費型の本の提供は、買い手にとっては「良いものを安く・簡単に手に入れる」を提供することであり、作家側にとっては「沢山のひとにちょっとずつお金を出してもらって創作を支えてもらう」ことでした
しかし、電子版という形態・WEBの仕組みではこの前提を維持するのはとても難しいということがわかってきました
WEB上に設置されるECサイト・SNSはどうしても先行優位・格差が極端に働きやすいです
また、SNSの無料公開もそれ自体は稼ぎがありません
プラットフォームが持続的である保証もありません
違法アップロード問題も取り締まることは、テクノロジー・社会政策の両面で現実的ではないと考えています

電子版の漫画についても、読むことにも慣れてきた人も多くなってきてるように思います
(依然として、スマホの小さい画面で読むのは、個人的にはいまいちなのですが)
これに加えてコロナの影響もあって即売会の開催もやや及び腰になってきました
そこで紙版は、従来の「読めりゃいいやん」な人向けの頒布の役目は終えた、と考えることしました

同人誌での頒布は、イベントに集まって盛り上がりたい人向け、あるいは愛蔵したい人向けという役目にしよう、それが3の同人誌としての発行、になります
FANBOX・DL販売版と差別化する点として”表紙があります”

まとめると、FANBOXは作家を支えたい人向け、DL販売は安く手間なく後腐れなく読みたい人向け、同人誌は本として保管したい人向け、即売会頒布はイベントで盛り上がりたい人向け、というところです

この形がベスト、かどうかはまだまだわかりません
当面しばらく(1,2年位は)これで続けてみようというところです

FANBOX、DL販売、同人誌での頒布について

  1. FANBOXで本編公開
  2. DL版頒布
  3. 同人誌発行(即売会&書店委託)

今後はこの流れで行くようにします
DL販売では本文のみとし、同人誌版は表紙がつきます
同人誌版の発行と同時期に表紙のPSD版をFANBOXにも上げます

なので、FANBOX支援を頂いている方はFANBOXだけですべて作品を見ることができます
DL版はサブスク支援はせずに後腐れなく本編だけ読みたい人向け、という方針です
その分、少し安くしようかと思います(既にDL版があるものはそのままですが)

現状FANBOXを軸に公開している同人漫画ですが、なかなか即売会も再開していけないのでどうしたものか苦慮していました
全部FANBOXやDLで見れたらイベントで本を買うのも盛り上がらないかな、というところも心配でした
また、DL販売をFANBOXより優遇はしたくないな、というのもありました
上手くいくかはまだわかりませんが当面しばらくこの方向で行きます

メンデルスゾーン仮説とツイッター

とある本を読んでいたら「古代エジプトのピラミッド建設は農閑期の労働力を使った公共事業だった」なる記述があって「え?」となった

あれ?ピラミッドって墓じゃなかったっけ?
最近プレイしたペルソナ5でも墓として出てきたぞ?

まぁ、墓である、というのも一学説に過ぎず断定してるわけじゃないのかもしれない
でもなんか…、引っかかる。
単なる墓の建設が雇用を支える公共事業なら、タージ・マハルはどうなる?
アレのせいでムガル帝国の財政は大きく傾いたのに、単なる墓が経済効果があるとはちょっと思えない

あまりにも気になったので調べてみると、どうやらこの話、メンデルスゾーンなる学者が唱えた「仮説」らしい。否定もされてはいないが、実証もされていないし、せいぜい「ピラミッド建設は公共事業にあたるもの」ぐらいの表現になってる

じゃあいつの間にこんなに断定的な話になったんだろうか?

どうやらテレビでタレント学者が90年代にそういう話をして広まったのが原因らしい

うーん、そうか、なるほどテレビ受けしそうなネタだ
それに時期的には日米構造協議の時代、明らかに無駄な公共事業でも「観光資源」化できれば無駄じゃなかったと言い張れる下地作りに利用されたのかもしれない

しかし、嫌な予感がさらにする
ひょっとしてこれ、「ピラミッド=公共事業』説を信じてるの日本人だけなんじゃ…?
海外の人の認識ってどうなんだろう?当のエジプト人は?
そこまではちょっと追えなくて、ひとまず保留することにした

それでなんとなく、目先を変えて twitter で「ピラミッド 公共事業」で検索したらいっぱいツィートが出てくる。それも結構バズってる。「ファラオは雇用をささえたホワイト経営者!」なんてリプライしてる人も居る
(まぁノリで言ってるだけならいいけど、信じてたら怖いなぁ…ってか信じてそう)

…なんか頭がくらくらしそうになった…

こういうのがバズったりテレビ受けするんだってのはなんとなくわかる、皆が fav ったり RT してるからって「真」とは限らない、というより嘘のほうが伸びるってことのほうが真実か

この「ピラミッド=公共事業』説のカタチ、テレビであれSNSでもメディアを読む時に心に留めておくものにしよう

自分が何か歴史にかかわる話を書く時、こういった「真偽のあやしい説」を書く可能性は結構あると思う
でももしそういうのがバズったら、ずっとそれを背負っていくことになる、肝に銘じておくことにする

思想・価値観のすり合わせの問題

価値観の問題は実のところ一番の重要課題なのではないか、と思うのですがなかなか足を絡ませられていることが多いように感じます

具体的に、漫画で言えば。例えば絵作りに革新をもたらそうと熱意を持って取り組んでも、「いつもどおりで良いよ」を軽く扱われてしまったりするような経験は多いのではないか、と思います

ふと、M.サンデル先生、「自由主義と正義の限界」読んでいて気づいたことがあります

サンデル先生は保守主義側の人だと認識していますが、自由主義者に対してかなり精密に場合分けし観察しています

あれ、自分が知ってる「保守主義」な人とだいぶ違うな…、と

自分が知っている保守主義の人は、変化や革新を嫌い、他人の思考・価値観・思想に無関心でしれっとしていたり一方的に決めつけてくるイメージです

ああ、そうか、考えてみれば自分なんかでもゲームに関しては古くて伝統的なものを好み、革新や変化に強い関心をあんまり持ってません。無関心なものに対しては誰でも「保守主義」なのです

自分が漫画を作る際にも同じことが言えます。
世界観づくりに関しては知識・教養面をできるだけおさえようとします。細かいところまで場合分けして考え、分解・再構築して考えようとします。それらに対してアップデートをしたいからであり、そうしないとアップデートできないからです。一方で仕上げや線画作りの技術に関してはほとんど更新を加えていません。僕は、前者にとっては自由主義であり、後者にとっては保守主義なのです

これはつまり、一人の人間も、ある領域分野にたいしては自由主義で革新的なのに対し、別の分野では保守主義ということです

難しいのは、複数の人間…、例えば二人であったり、或いはもっと大きな人数でのプロジェクトの場合。
「何に対して自由主義」的なアプローチを認め、「何に対しては保守主義」的なアプローチをするかは皆で上手く調整する必要があるということです。
そうでないと、革新をもたらそうと考えている人(そこだけは譲れないと考えている人)と保守的な人(そこだけは変えたくない人)で争いが起きてしまいます

経験上そういったケースで、対話や論争だけでつつが無く収まることは無いように思います
特に時間が限られている場合は、早期の解決よりもチームの崩壊が先に訪れていました

このすり合わせはダイヤル式のロックのようなイメージです
「革新」はどれか0から9までの数字のうちのどれか一つの数字だけ、揃えないと鍵は開かない。
もし、二人ならそれは二桁なので、比較的難しくない
しかし、数十人となれば数十桁のダイヤル合わせ、鍵が開く日は気が遠くなるほど遠く、
さらに疎通が悪い相手ならもう匙を投げたくなります

誰でもウェルカムな漫画志望者のコミュニティ、連載が決まったのでとりあえず頭数だけ多くなるよう揃えるようにアシスタントを雇ったりする漫画家の職場、価値観もまるで合わないのにとりあえず沢山作家をぶら下げておこうとする編集者…、自分からすればどれも桁数の多いダイヤル式ロックです。
(と言ってもこういった場合の実際は、争いを避けるようにとひたすら無難に保守的に、しれっとした人間関係が構築されていくのが相場ではあるようです)

もし、新しいことをやりたい、というならば、最初はできるだけ近しい価値観を持ち、革新しようとしている目的についても意見の合う人で組む必要はあるように思います。
そして、あまりむやみに関係する人の数を増やそうとしないこと

漫画なら漫画家と読者、あるいはクライアントで2,3人がまずミニマムでしょうか

でもなにより、価値観の話ができる必要があることは間違いありません

創作とWEBの関係

昨今、よくお世話になっているのが支援サービスのFANBOXと個人案件サービスのSKIMA、創作の力になってくれてます

コンパクトなWEBアプリであり大規模なものでないことは、同等の(旧)ENTYやskebが一人で開発・運営されていたことからも想像できます

個人での開発でそれだけのことがなされることについて最近考えていました

規模の大きな会社やスタートアップがこういったプラットフォームを作ることに目もくれなかったり、力を入れてこなかったのは何故だろう?、と

支援も個人案件も、突き詰めて言えば読者(消費者)と制作者(生産者)をかなり短い距離でつなぐだけです。欲しい物をほしいと伝え、作る人が作る。わかりやすいですしシンプルです

SNSのようなスキームであれば、作品を提供する側はたくさんのフォロワーを集めてPVを稼ぎ、それ故に相当に設定値の低い広告収入を得る努力をしなければならない、視聴者・読者も見たくない広告が表示される、トラフィックも重いです。会社のほうも開発する人数もお金も沢山かかります

「会社と屏風は大きすぎると倒れる」、とは言いますが、大きな屏風を立てようとして倒れてしまった人たちは、振り返ってみると自分を大きく見せたかっただけで生産者も消費者のこともあまり関心がなかったのかもしれないな、と考えています

これから先、もっと様々な創作者をサポートする「小さな、しかし強力なWEBアプリ」というのがどんどん出てくるようにおもいます、支援や個人案件以外に

また、このことは大人数でやる企業の事業が、個人(や少人数)がクラウドに立ち上げた「小さくて強力なWEBアプリ」に置き換わっていくことを意味すると思います、それで問題がないならば。
AIやロボットが仕事を奪う、という話は昨今よく話にでますが、クラウドの発展はもっと現実的に着実にそれを行っていくのではないか、と想像しています

アナログ作業環境とデジタル作業環境のいま

作画作業環境をデジタルに移行しようとしたのが多分5年くらい前、フルデジタルにしようと考えた時期もあったけど、結局紆余曲折を経てかなりの割合をアナログに戻してしまった

それもだいぶ落ち着いたのでちょっと記事に書いておこうかと

現状、デジタル作業のうち、PC+液タブの環境がこちら
主に彩色と写植などの作業がここでやっています

アナログ作業のデスク
主にシナリオの作成はmackbook、線画はipadpro(右)、作画の下絵やラフ作業が鉛筆

12インチのmacbookを使うのは軽くて持ち運びやすいから
結局の所執筆作業で一番面倒なのは調べ物であり、図書館まで持っていくことを考えるとこのあたりに落ち着いてる

作画にあって一番の課題は資料、左半分の板には紙で描いたラフ、右のタブレットにはブラウザ経由で表示する資料を映します

いろんな道具が混在しているのは、高価でない道具を組み合わせたほうが結局は柔軟で安くすむということ、各々の短所を妥協しきれないから(液タブは画面が広々としているが持ちは運べない・画面が広いため視差が厳しい)

とりわけ重視しているのは柔軟さで、どちらかというとメーカーの都合で変なアップデートをされたくないという理由が大きいし、世の中の変化に対応しやすい

これから先、大きな変化はもうあまりなさそうだと考えているけど、どうだろうか

依頼絵ふじこさん 3回目

SKIMAの依頼にて継続していただいています
不二子さん3枚になりました

額に飾っていただき、大事にされていてとても嬉しい限りです
1枚絵依頼もこうして活用させていただけると大きいですね

これからも頑張ります

コミッション鉛筆漫画について

SKIMAで好評頂いているコミッション商品。おかげさまでかなりの方に依頼を頂いています

ありがたいのは依頼者の方が積極的に欲求(性癖)ぶつけてくれるので、安心して描ける、ということです

欲しがられているものを作る、なんて当たり前のことを言っているように思うかもしれないのですが、商業案件となると「大人の事情」で一体誰に向けて作ってるんだかよくわからないものになることが少なくありません。真面目に作っているような人でも複数人の利害や政治がからむと訳がわからないところに着地してしまうことが結構あるのです。真面目でない悪い人となると、内容とタイトルが一致しない「看板に偽りあり」を強要・忖度されるケースもあります

また、金銭に関しても、工数的に無理筋なものについての折り合いをつける話も問題なく決着がつくように感じます。買いたたきみたいな話は一度もありません

そこまで安定していると、商業のクライアントってなんだろう?と考えてしまうこともあります。僕自身の主観となってしまいますが、企業の名の下と個人とでは、同じ善性を持った人間でも立ち振る舞いが大きく変わってしまうのかもしれないな、と考えています

それほどに良いと感じている個人の案件も、大儲けができるとは考えていなくて、ひとえに癒やしになっていると感じています

今年前半は怒涛のように案件をこなしているのですが、これというのもコロナ禍の影響でイベントが消え、その分がこっちに依頼という形で飛んできてるのではないか、と考えています

ですので、即売会が再稼働してきたらきっとちょっと個人案件依頼も落ち着くのでは‥と思っていたのですが、なかなか感染者数もどんどん増えていっているのでどうなるやら相変わらず予想ができない日々です