アナログ作業環境とデジタル作業環境のいま

作画作業環境をデジタルに移行しようとしたのが多分5年くらい前、フルデジタルにしようと考えた時期もあったけど、結局紆余曲折を経てかなりの割合をアナログに戻してしまった

それもだいぶ落ち着いたのでちょっと記事に書いておこうかと

現状、デジタル作業のうち、PC+液タブの環境がこちら
主に彩色と写植などの作業がここでやっています

アナログ作業のデスク
主にシナリオの作成はmackbook、線画はipadpro(右)、作画の下絵やラフ作業が鉛筆

12インチのmacbookを使うのは軽くて持ち運びやすいから
結局の所執筆作業で一番面倒なのは調べ物であり、図書館まで持っていくことを考えるとこのあたりに落ち着いてる

作画にあって一番の課題は資料、左半分の板には紙で描いたラフ、右のタブレットにはブラウザ経由で表示する資料を映します

いろんな道具が混在しているのは、高価でない道具を組み合わせたほうが結局は柔軟で安くすむということ、各々の短所を妥協しきれないから(液タブは画面が広々としているが持ちは運べない・画面が広いため視差が厳しい)

とりわけ重視しているのは柔軟さで、どちらかというとメーカーの都合で変なアップデートをされたくないという理由が大きいし、世の中の変化に対応しやすい

これから先、大きな変化はもうあまりなさそうだと考えているけど、どうだろうか

依頼絵ふじこさん 3回目

SKIMAの依頼にて継続していただいています
不二子さん3枚になりました

額に飾っていただき、大事にされていてとても嬉しい限りです
1枚絵依頼もこうして活用させていただけると大きいですね

これからも頑張ります

コミッション鉛筆漫画について

SKIMAで好評頂いているコミッション商品。おかげさまでかなりの方に依頼を頂いています

ありがたいのは依頼者の方が積極的に欲求(性癖)ぶつけてくれるので、安心して描ける、ということです

欲しがられているものを作る、なんて当たり前のことを言っているように思うかもしれないのですが、商業案件となると「大人の事情」で一体誰に向けて作ってるんだかよくわからないものになることが少なくありません。真面目に作っているような人でも複数人の利害や政治がからむと訳がわからないところに着地してしまうことが結構あるのです。真面目でない悪い人となると、内容とタイトルが一致しない「看板に偽りあり」を強要・忖度されるケースもあります

また、金銭に関しても、工数的に無理筋なものについての折り合いをつける話も問題なく決着がつくように感じます。買いたたきみたいな話は一度もありません

そこまで安定していると、商業のクライアントってなんだろう?と考えてしまうこともあります。僕自身の主観となってしまいますが、企業の名の下と個人とでは、同じ善性を持った人間でも立ち振る舞いが大きく変わってしまうのかもしれないな、と考えています

それほどに良いと感じている個人の案件も、大儲けができるとは考えていなくて、ひとえに癒やしになっていると感じています

今年前半は怒涛のように案件をこなしているのですが、これというのもコロナ禍の影響でイベントが消え、その分がこっちに依頼という形で飛んできてるのではないか、と考えています

ですので、即売会が再稼働してきたらきっとちょっと個人案件依頼も落ち着くのでは‥と思っていたのですが、なかなか感染者数もどんどん増えていっているのでどうなるやら相変わらず予想ができない日々です

憧れのシリーズの予定

学祭編の途中からFANBOX連載形式で進めています憧れの女学祭編
同人誌版は8月か9月に#9を出す予定でいます
その後ちょっと間を置く形でDL版は#7-9セットで出す予定です

学祭編のお話としては#11あたりでひとまず完結の計画です
たぶんあまり伸びないかな、と

その後はFANBOX側で特に「○○編」とつけずに憧れの女は連載形式で継続していき、
同人誌版やDL版で本にまとめる際にのみ「□□編」として銘打って出すというふうにしようかな、と考えています

これは学祭編が同人誌としてやるにはあまりに大きな枠にしすぎたことや、もっとローカルで身近なネタをやりたいという思い等の反省から、またこういった長編形式が単品DL・書店委託販売よりもFANBOXに根ざしていく方がよいという手応えを感じてきてるからでもあります(単品販売を無くすわけではないのですが)

まぁ、ちょっと先の話ではありますが、計画まで

2020年の即売会

おそらく年内は、都内では大きな規模のものは開催されなそうな同人誌即売会

現状はコミッションとFANBOXがその代替として動いてってる感じです

元々はFANBOXは支援に加え、擬似的にサブスク購読可能な状態を作ろうとしていたところがありますが、即売会が自粛してるため同人制作作品を提供する場になりかわっていきそうな思いがあります
(単品DL販売もありますがギャンブル性が高いため、積極的に利用する意思はありません)

FANBOXでの作品提供は、東方一般向け漫画が(6-8Pを)月3回、オリジナル作の「憧れの女」漫画が(8-12P)月1回とちょっとずつ増やしていっています。これらはまとまり次第本に出していきますが、即売会がないのですね。即売会がないと委託もあまり盛り上がらないのかな、という気がしていてうーんどうしたものか、という感触

一方のコミッションは活発な印象はあり、ひょっとしたらこれはこれでイベントの代替の感覚で皆に使われているのかもしれない、と思うことがあります
言葉のやり取りのある依頼は、即売会で列をなして本を買うよりも、密なコミュニケーションが楽しい感じなのかも

ひとまず、同人作品についてはFANBOXのほうを、一つお願いします

今のWEBについて考えること

前回と前々回のブログ記事では、すこしWEBに対して冷たい内容を書いたとおもっています。それは今まで過熱気味だった期待に対して冷静になったことについても、自分の立場を示す意味で書いたつもりです。

しかし、必ずしもWEB分野で残念なことばかりでない潮流も起きてきてると実感があると思っています。

自分がWEBに残念だと思っていることの最たるものは所謂「フォロワー数」に期待する考え方です。広告収入が期待できるyoutubeのようなものなら、フォロワー数やPV数は直接収入と相関するので期待できますが、twitterやpixivなどのSNSでの漫画の公開はそうはいきません。

1フォロワーを増やす(RTやfavに期待する)
2フォロワー数を書店や編集者が期待する
3店頭に並べられたものやバナー広告で見た人が購入する
という「3段クルーン」を抜けていかなければならないのです。

1の段階だけではお金は回収できませんから、タダ働き状態を続けた結果資金が尽きて倒れる、という状況が起きてきてしまいます。RTでは支援にはならないのです、現実的には。大多数のひとがおそらくここで倒れています。

しかし、一定のユーザや書店担当者からすれば、「とりあえず数字だけをみていればいい」という判断ができることは「効率的」ではあります。出版不況下で、優秀な人材が書店や編集をやりたいと考える状況は難しくなってくるということを考えると、数字だけ見て判断できればよい、というフローが求められるというのは仕方ないところなのかもしれません。
ごく一部ではありますが、ランキング上位・壁サークル・フォロワー数の多い人の作品だけを消費していればいい、という思想の消費者の人が居ることも知っています(そういう人とは僕はあまり仲良くできないのですが)

僕自身、5年前くらいはこの思いに絶望していた時期もありました

そんななか、FANBOXのような支援やSKIMAなどの個人案件など「送金」を基点としたシステムがライトを浴びるようになったのは何故だろうか、考えていました。

結局これは、「取引」の再構築なのだと考えています

例えば、「水」に関する取引について考えてみます
水の豊かな地域から水不足の村に向けて水を売りに行く商人がいるとします
商人は水源の主から水を買い、バケツで運んで行き、村人に水を売ります
やがて商人は水を馬や車を入手して、運んで効率化するようになります
馬や車のコスト以上に水が売れれば儲けになります
今度は商人は資金を調達して水道を建設します
商人は水を運んでいたときよりもっと大きな稼ぎを得ることになります

これはつまり商売のアップデートの歴史(ヒストリー)です

残念なことに、必ずしもアップデートは、生産者と商人と消費者の全員が幸せになるように進んでいくとは限りません
大きな商売はときに商人の権利の巨大化を生み、腐敗することがあります
つまり「悪いアップデート」です
商人が不合理なほどに水の値段を高騰させ、水源の主からは安く買い叩く、という形で利益をふやそうと「取引をアップデート」する、といったもの
(富裕な土地所有貴族と貧しい農奴の関係はほんの100年前の時代にも見受けられます)

その場合に村人や水源の主は、最初の「バケツの取引」にヒストリーを戻すことは可能でしょうか?

支援や個人案件で起きていることは漫画やイラストの取引を「バケツの取引」にまでヒストリーを戻して、やり直していくことなのだろうと僕は考えています。

個人案件や支援のシステムを作っている人たちもまた、WEBの人たちです
僕自身は、巨大な利益を目指すスキームを掲げて資金を集めてWEBの事業を始めて転んだ人たちを知っています。彼らは「水道」を作ろうとしていました。遥か高みの世界だけをめざしていましたが、生産者や消費者の気持ちはあまり考えていなかったようにみえました。

一方で、「バケツの取引」のWEBサービスで成果をあげている人も知っています。(漫画やイラストに関するものでないのが残念ですが)
彼はたったひとりでプログラミングも未経験から4月ほどのスキルだけの持ち主でした。流行りのAIやブロックチェーンやWEBフレームワークになどにも関心を持たず、取引の本質に集中しているようでした。最近の技術、という意味ではクラウドプラットフォームと送金は使っている、というところでしょうか

WEBについて、足元を見ない人たちには僕は悲観的ですが、こういった人たちには強く期待もしています

絵描きの競争意識

SNSのことと関連して、この頃考えることの一つが絵描きの「競争意識」

何かというと順位を気にし、フォロワー数とか売上数とか、RT数とかを気にし、人より多いとか少ないとかで一喜一憂する。あるいは、競争を煽ってくる人たちや優劣の意識に病んでいる人に対し、何と言葉を返してやればよいか?、ということについて。多分、多くの絵描きが気に病み、下手をすれば精神を病ませている問題だと思う

「天の時、地の利、人の和」という孟子の言葉がある

これに個人の力量やスキルを「個の力」と呼ぶなら、絵かきを続けていくに優先すべきは、
人の和が1番で、二番目は天の時、個の力は最後だろうというのは確信がある

しかし、実感は、
個の力を鍛えることが最優先で、ついで地の利(環境の有利を活かす、人気ジャンルに乗る、とか)に傾倒している人が圧倒的に多い

何故こんなことになっているのだろう?

一つには、WEBサイトをそういった作りにして競争を煽ろうとしている、ということ。出版編集者や読者、或いは経営者とても競争を煽っておけば「勝手に」良いものが出来上がってくる、と横着に考えている人たちが結構いるからでもあると思う。
絵かきが「孤高」なものだと考えてるからかもしれないし、ほとんど意味もなく「平等」を好んでいるからかもしれない。或いはそもそも、作りたい「価値」というものが無いのかもしれない

しかし、人の美意識というのはそれぞれで、ルールの統一した競技場がそこにあるというわけではなく、公正なスポーツに似せるというわけにはどうしてもいかない

基本的に僕自身は、そういった「競争」は無視する立場である

自分の作品作り上はひとまずそれで良いとして、もう一つ別の問題がある

競争意識に心を病んでいる人たちに、どんな言葉をかけてあげれば良いのか?

正直言って、「つける手はない」という思いが強い
絵を描くより人に勝つのが好きな人達、人を喜ばせるより道具を使っていることそのものが気持ちいい人達、価値観を育てたり尊重できない人たち、そういった人たちが「人の和」を乱すように振る舞い始めた時にどうすればよいのか?、という問題。
彼らは快楽的・個人的で、会話も通じない、勝っているときには優越感にひたり場を乱し、負けているときは劣等感に酔って場を乱す

振り返ってみると、そういった人を集団から追い出すか、それができなそうなら自分が出ていくか、理想を言えば初見で「どちらか見極めて」距離をとるか、しか手はなかったし、今もそれは変わらないのだけれど、危険な人をあまりにも多く見かける気がしてどうしたものか‥、と再び考え始めている

SNSとの付き合い方

いまとなっては使うべくして使ってるtwitter。
自分としては、こう考えて付き合っている、ってところを書いておこうと思い、書くことにしました。

自分が信じていないSNSに対する知見
+ フォロワーを増やせば本が売れる
+ NG (ミュートやブロック)はしてはいけない
+ アカウントと活動クラスタはひとつに絞る

色々と考え方はあると思います。ポジショントーク半分で無責任にコンサルトークしてる人もいると思います(「こうやればフォロワーが増える!」といった記事を書いてるブロガーとか)。
が、敢えて言います。自分はこのあたりのことは信用してないです。

WEBのバックエンドにあるものは基本的にデータベースであり、ユーザーが欲しいデータを「必要最小限」返すのが本来のあり方です。しかし、実際はいろんなノイズが混じるようになっています。ECサイトは少しマシですが、SNSはわざと要らない情報が混じるように仕向けているところがあるのです。そのほうが「たくさんデータがあって、盛り上がってるようにみえる」から。

そのため、twitterをはじめとした諸々のSNSはレスポンスから要らないものを除外する機能は不十分に作られています。除外(exclude)と名付ければいいところを、あえて妨害(block)とか消音(mute)といった風に名付けているので、NGを使う側も、あたかも「それはしては気まずいことなのでは?」、と思わせるようにしむけている面もあると思います。

データベースからのレスポンスがノイズ混じりで膨大だと、その中から「自分がほしい」情報を探すのに苦しくなります。そしてだんだん、頭がぼんやりしてきて中毒気味になっていきます。そうして、サイトの「滞在時間」は伸びます

自身がやりたいと思っていた創作の活動そのものも低下していく、という状況になるのは応援してくれている人に対しては裏切りではないでしょうか

なので、まず第一にはNG機能は気にせずに使うようにしています。
気に入っている人でも、今は耳を傾ける余裕がないのでミュートすることもあると考えています。もちろん、危険思想な人や自分にとっては害がある人ならブロックもためらわないです。そしてなりにより、誤認してブロックしてしまったとしても、「メールがうっかり迷惑メールフォルダに入れられた」ようなものだと考えています。

NG行為を否定しない理由はこういったところです

創作活動をしてる人なら、そんなことをしていたらフォローもRTもしてくれないし宣伝にならないじゃないか、と言う人もいると思います。

しかし、書店の人の話を聞くに、フォロワーやfav数と売上にはほとんど相関がないことわかっています。

それでも敢えて、「販促する気はないのでSNSで自分で宣伝してね」という編集者や、「あてにならないのは分かっているがフォロワー数に従って発注を多めにする、売れなかったら返本すればいいだけ」という姿勢の書店の人もいるようです。

僕自身はこういった方達を信用しません。
彼らの言葉を信じて、仮に当たったとしても、単に確率の低いギャンブルが当たったに過ぎないと考えています。
なにより、全ての人がそういう姿勢でないこともわかってもいますので信頼できる人と組むことを優先するだけです。

フォロワー数を信じていない理由はこのようなところです

発言の内容を活動クラスタに絞るのは、先に書いたデータベースの不便を発信者側が埋め合わせするものだと考えます。つまり、彼らが必要としない情報は発信しない。無節操に範囲を広げるべきだとは思いませんが、政治的発言を控える、とか趣味の話をしないとかいったレベルでフォローしてる側に気を使うというのはさすがに行き過ぎだと考えます。

そこまで気をつかうのは、イベント会場のような場所だけでいいだろうと言うのが自分の考え方です